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なつのはな
夏の花・心願の国
原 民喜
原民喜『夏の花・心願の国』。同一底本的分册已合并为一书。收入:夏の花、苦しく美しき夏、秋日記、冬日記、美しき死の岸に、死のなかの風景、火の唇、壊滅の序曲、廃墟から、鎮魂歌、永遠のみどり。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 152,816 字 · 310 页
「県境へ行く道のあたりです。どうして、あの辺は茫々としているのでしょう」
妻はみた夢に脅え訝りながら彼に語った。その道は妻が健康だった頃、一緒に歩いたことのある道だった。山らしいものの一つも見えない空は冬でもかんかんと陽が照り亘り、干乾らびた轍の跡と茫々とした枯草が虚無のように拡っていた。殆ど彼も妻と同じ位、その夢に脅えながら悶えることができた。妖しげな天変地異の夢は何を意味し何の予感なのか、彼にはぼんやり解るようにおもえた。だが、彼は押黙ってそのことは妻に語らなかった。……寝つけない夜床の上で、彼はよく茫然と終末の日の予感におののいた。焚附を作るために、彼は朽木に斧をあてたことがある。すると無数の羽根蟻が足許の地面を匐い廻った。白い卵をかかえて、右往左往する昆虫はそのまま人間の群集の混乱の姿だった。都市が崩壊し暗黒になってしまっている図が時々彼の夢には現れるのだった。
妻はきびしい自制で深い不安と戦いながら身をいたわっていた。静かに少しずつ恢復へ向っているような兆も見えた。柔かい陽ざしが竹の若葉にゆらぐ真昼、彼女は縁側に坐って女中に髪を梳かせていた。