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なつのはな

夏の花・心願の国

原 民喜

原民喜『夏の花・心願の国』。同一底本的分册已合并为一书。收入:夏の花、苦しく美しき夏、秋日記、冬日記、美しき死の岸に、死のなかの風景、火の唇、壊滅の序曲、廃墟から、鎮魂歌、永遠のみどり。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 152,816 字 · 310 页

青空文庫

舞上る砂埃に遮られて、それは森とも丘とも見わけのつかぬ茫漠とした眺めではあったが、あの混濁のなかに一つの清澄が棲んでいて、それが頻りに向うから彼の魂を誘っているようだった。すぐ表の坂を轟々と戦車が通りすぎて行った。すると、かぼそい彼の声は騒音と生徒の喚きで、すっかり捩ぎとられてしまうのであった。

その風が鎮まると、漸く秋らしい青空が眺められた。澄んだ午後の光線は電車の中にも流れ込んでいた。痩せ細った老人が萎びたコスモスの花を持って、恐しい顔つきのまま座席に蹲っている。ある小駅につづく露次では、うず高くつみ重ねられた芋俵をめぐって、人が蟻のように動いていた。よじくれた榎と叢のはてに、浅い海が白く光っていた。そうした眺めは、彼にとってはもう久しく見馴れている風景ではあったが、なぜか近頃、はっきりと輪郭をもって、小さな絵のように彼の眼の前にとまった。その絵を妻に頒ち与えたいような気持で、病院の方へ足を運んでいることがあった。

胸の奥に軽く生暖かい疼きを感じながら、彼は繊細なものの翳や、甘美な聯想にとり縋るように、歩き廻っていた。家と病院と学校と、その三つの間を往ったり来たりする靴が、溝に添う曲り角を歩いていた。