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なつくさせんき

夏草戦記

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1943(昭和18)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,107 字 · 41 页

青空文庫

「烏の濡れ羽色さ」「黙れ黙れさような通俗なものではない、まずおれの見たてを云えば、おれの見たてを云えばさ」「やっぱり烏の濡れ羽色か」くすくすと抑えつけたような笑いごえがおこった、「冗談はぬきにして、その娘が跟けて来るというのは本当か」「いやに乗りだして来るな、本当だよ、足弱の風にも堪えぬという身で、山坂いとわず追って来るんだ」「いったい誰を追って来るんだ」「伊五右衛門さまえのう……といってな」「こいつ暑気が頭へきたとみえる」こんどはわっと笑いごえが高くあがった、しかし自分たちの声に自分たちでおどろき、しっと云いあいながら慌てて肩をすくめたり口を塞いだりした。いったいどこまで事実なのかと、まじめに問いかけられると誰もたしかだと云える者はなかった、竹置から此処へ来るまでにそういう娘を見かけたことは見かけたが、それがおなじ者であるか、はたして小谷隊のあとを追って来るのかどうかはむろん知るよしもない、「阿武隈の狐だろう」しまいにはそんなことを云いだす者もあり、やがて話はほかへ移ってしまった。

そのなかまから少しはなれたところで、藁束の上に寝ころんでいた新九郎は、その話を聞きながらふと記憶のどこかにそういう娘のおもかげがひそんでいるように感じた。