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なつくさせんき

夏草戦記

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1943(昭和18)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,107 字 · 41 页

青空文庫

小六はそっと襖のかなたへ眼をやった、そこにはおそらく小谷弥兵衛が寝ているのであろう、小六はその寝息を窺っているようすだったが、やがてうなずいて云った、「……向うの隠居所にいる、番士にはおれがゆるしたと申せ」「ありがとうございます」源七はうしろから追われるように宿所を出ていった。

その建物は庭はずれにあった。うしろは古い樫木を隔てて崖にのぞみ、左右はあぶら竹と小松の植込になっている、ささやかではあるがいかにも旧家の隠居所という感じだった。源七は表に立っている二人の番士にゆるしを得たということを伝えて家の中へはいった。なかは八畳ほどのひと間きりで、新九郎はいま水髪にゆい直したばかりの頭を撫でていた、煤けた行燈の光がゆらゆらと揺れながら、片ほうの壁に大きくかれの影をうつしていた。

「さっきの話が中途だった」源七はそう云いながらあがった、「それで番がしらにおゆるしを得て来た、話の残りを聞かしてくれ」

「話の残り、ああ多田新蔵のことか」新九郎はにっと微笑した、「そうだった、あれが途中できれたままだったな……」

源七はむずと坐りながら新九郎の眼をみまもった。新九郎はちらと戸口を見た、二人の番士はどうやら庭のかなたへ去ったようである、おそらくは旧友の別れの邪魔をしたくないというつもりであろう、新九郎は「こちらへ」