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なつくさせんき
夏草戦記
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1943(昭和18)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,107 字 · 41 页
「そのほう掟の条目を知っているだろうな」副将がそばから云った、「覚えておるとおり申してみい」
「はっ、立番を仰付けられたる者は」と暗がりのなかで番士はかたちを正しながら、低いけれど力の籠った調子で答えた、「許しなくしてその持場を動くべからず、万一その掟に触れたる者は、仔細を問わず死罪たるべきこと」
「……よし、仔細を問わずということを忘れるな、たのむぞ」そして二人はまた他の方へとまわっていった。
立番の者に会うごとにおなじ問答が繰り返されたが、それはいかにもこの一隊の危険なことを示しているものだった。こうして二人が部落の南のはずれへまわっていったときである、狭い桑畑のつづく闇のかなたで、
「待て、誰だ、動くな」という誰何のこえが聞え、ぱたぱたと人の走る足音がした。
「……なんだ」部将が足をとめた。
「夜襲でしょうか」うしろにいた副将がそう云いながら前へ出た。しかし物音はそれっきり絶えて、こんどはなにやら訴えるような若い女のこえが微かに聞えてきた、「ちょっとみてまいります」そう云って副将が走っていった。
部将は道の上にじっと耳を澄ましていた。身のまわりは虫の音でいっぱいだった、寝鳥でも立つのであろう、左がわの叢林の奥で、ときおりばたばたと翼の音がするほか、あたりはひっそりと夜のしじまに包まれていた。