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なつくさせんき
夏草戦記
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1943(昭和18)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,107 字 · 41 页
食事がすんでから、蚊いぶしの煙のゆらめく端近に坐って、部将はしずかに娘のはなしを促した。
初はまるい膝の上にきちんと手を揃え、つつましく眼を伏せて語りだした、年のわりにしては気性のしっかりした生れつきとみえ、むだの少ない要領を得たはなしぶりであった。……かの女は下野のくに大田原の麻商人をしている叔父の家に、三年まえから手つだい奉公をしていた。それがこの夏のはじめころ、上杉景勝と徳川家康とのあいだに戦がはじまるという噂がひろまり、いよいよ危ういようすにみえるので、故郷の柴田から父親が心配して迎えに来た、叔父も帰ったほうがよいと云うので、すぐに支度をして父といっしょに出立したが、そのときはもう白河口は通行がむつかしくなっていたから、磐城をまわってゆくつもりで棚倉へさしかかった。おりあしく夜道になってしまい、宿を捜しているところへ、いきなり浮浪の野武士たちが出て来て父娘をとりかこんだ、
「わたくしを庇おうとした父はすぐうち倒されてしまいました」娘はそのときの恐怖を思いかえすように、肩をすくめながら云った、「わたくしもうだめだと存じました、ひとりの手が肩へかかったとき舌を噛切ろうと致しました、そのとき御家来の方が来あわせて助けてくだすったのです。