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よるのちょう
夜の蝶
山本 周五郎
「家の光」1954(昭和29)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,345 字 · 21 页
「その男は子飼いからの人間だったそうじゃねえか」と与平が云った。
「子飼いも子飼いだが」六兵衛は手酌で酒を注ぎ、その空になった燗徳利を与平に振ってみせ、「もう一本」と云って続けた。「おれの聞くところじゃあ、なんでも旦那の遠い身内で、孤児になったのを引取られたらしい。そのとき十になるか、ならねえかだったということだ」
「ほんとのことを云おうか」
突然そうどなる声がした。飯台の端に酔いつぶれているあの老人であった。やっぱり酔いつぶれたままで、どなったのである。
「ほんとのことを云うぜ」と老人は嗄れた声でどなった。「云っていいか」
話の腰を折られて、六兵衛がちょっと口をつぐんだ。すると、女のうたう子守り唄が、その僅かな沈黙のなかで、ひそやかに聞えた。
「そんなわけだから」と六兵衛が続けた。「旦那だって、おかみさんだって、表面はともかく心の中では、ほかの奉公人とはべつに考えていたろう。当人も珍しく気だての良い、温和しい性分だったそうだ」
「こっちを一つやって下さい」旅装の客が六兵衛に酒を差出した。「燗のつくまでのつなぎにあげましょう」
「さようですか、これあどうも」