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よるのちょう

夜の蝶

山本 周五郎

「家の光」1954(昭和29)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,345 字 · 21 页

青空文庫

と旅装の客を見た。

「取った宿が遠いもんですから」その客はこう云って、勘定を済ませて立ちあがった。それまで躯の蔭に隠れて見えなかった両掛(昔の旅行用の行李)を取り、飯台の端の老人のそばへいった。老人はまた飯台に俯伏していた。俯伏したままうっうっと、だらしなく泣いていた。

「爺さん」と旅装の客が云った。「いい話を聞かせてもらって嬉しかった。いい話しだった。礼を云うよ」

老人は泣くばかりだった。

「だが、もうその話はしなさんな」とその客は云った。「その話が本当だったとすれば、高次という人は主人の恥を背負ったんだろう。自分が盗みの汚名を衣てまで主人の恥を背負ったんだ――そうだとすれば黙っててやるのが本当じゃないか、そうじゃないだろうか爺さん」

「おめえなんぞに、なにがわかる」老人は俯伏したまま云った。「おらあ口惜しいんだ。ほんとのことも知らねえで、世間のやつらは、いまでも高次の悪口を云いやあがる。なんにも知らねえくせ、しやがって、おらあ、がまんがならねえんだ」

「それでいいんだ、それでいいんだと思う」と旅装の客は云った。「高次という人は、そんなことは承知のうえだったろう。