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よるのちょう

夜の蝶

山本 周五郎

「家の光」1954(昭和29)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,345 字 · 21 页

青空文庫

いつか本当のことがわかるとか、わかって褒められたいなどとは、これっぽっちも考えてはいなかった筈だ。そう思わないか爺さん」

「それがどうしたってんだ」

「黙っててやることだ」と旅装の客はいった。「爺さんが本当のことを知ってると聞いたら、高次という人はよろこぶだろう。一人でも知っていてくれると聞けば、その人はきっと本望だと思うに違いない。それでいいんだ、それでいいんだよ爺さん。もうその話はしなさんな」

「いってえ、おめえは誰だ」と老人は顔をあげた。「おめえは、いってえ、なに者だ」

老人は相手を見た。涙で濡れ、脂の溜った眼でじっと見あげた。旅装の客も、その眼を見返した。それからやさしく頷いた。

「――旅の者だよ」そして静かに出ていった。

行燈にとまっていた蝶が飛びたち、はたはたと舞って、まるでなにかを追うように、出入り口から外へ飛び去った。

「おやじ」と六兵衛が云った。「済まねえがもう一本」

向うの老人は気のぬけたように、茫然と宙を眺めていた。