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よるのちょう

夜の蝶

山本 周五郎

「家の光」1954(昭和29)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,345 字 · 21 页

青空文庫

「高次はどこ?」とその女が云った。「うちの高次が来ているでしょ。どこにいるの」

そこにいる者はみんな顔をあげた。だが、旅装の客は反対に眼をそむけ、頬杖をついて顔を隠すようにした。

女は縞小紋の袷に博多の帯をしめ、素足に男物の雪駄をはいていた。年は二十五、六から三十一、二のあいだであろう、老けているようでもあり若くみえるようでもある。おも長のふっくりした顔だちで、品もいいし、かなり美しい。際立って美しいといってもいいだろう。しかし、その美しさはどことなく非人間的で、能面か仏像のような印象を与える。眉をしかめたり眼まぜをしたり、媚びた嬌めかしい微笑をみせたりするが、それでもなお人間ばなれのした感じは消えなかった。

「ねえ、隠さないで教えてちょうだい」と女は云った。「あたし、あの人に坊やを見せるのよ。あの人はまだ坊やが生れたことを知らないんだもの。ねえ、高次はどこにいるの」

「こっちへいらっしゃい。高次は此処にいますぜ」竹造が云った。「それ見えるでしょう、こっちへ来てごらんなさい」

「からかっちゃあいけねえ」

主人の与平が出ていって、竹造を叱り、女をなだめた。