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やこうちゅう

夜光虫

織田 作之助

「大阪日日新聞」1947(昭和22)年5月24日~8月9日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,871 字 · 134 页

青空文庫

「小沢さん、お願いです」

道子は小沢の名を言う時、急に赧くなった。

「――兄さんに忠告して下さい」

「で、兄さんは今どこにいるんですか」

「たぶん渡辺橋の方だと思います」

「何をしに……?」

「何もすることがないので、毎日朝早くから魚を釣りに行っているんです」

情なそうに、道子は言った。

「魚釣り……?」

など、するような伊部ではなかったのだ。研究と仕事以外には、何一つ道楽も趣味もない男で、欠伸する暇もないくらい、医学の仕事に全身を打ち込んでいたのだ。

「ええ」

と、道子は小沢に答えた。

「――朝暗い内から起きて、出て行くんです。そして、一日中渡辺橋のところで、坐ってるんです」

「釣れるんですか」

小沢は愚にもつかぬ質問をした。それよりほかに、何か言うべきことを知らない――それほど呆れ返っていたのだろう。

「さア、どうですか。一匹も持って帰ったことはありませんの。釣ったのは、みな川へ逃がしてやるらしいですの」

その悲しそうな声は、小沢の胸を痛めた。

「伊部の奴!」

と唇を噛んで、ふと壁に掛った野口英世の写真を見あげて、

「――僕これから行って、言いきかせてやります」

「お願いします」