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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

01 第一部上

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页

青空文庫

それからの昼夜幾回とない微弱な揺り返しは、八十余里を隔てた江戸方面からの余波とわかった。

江戸大地震の影響は避難者の通行となって、次第にこの街道にもあらわれて来た。村では遠く江戸から焼け出されて来た人たちに物を与えるものもあり、またそれを見物するものもある。月も末になるころには、吉左衛門は家のものを集めて、江戸から届いた震災の絵図をひろげて見た。一鶯斎国周画、あるいは芳綱画として、浮世絵師の筆になった悲惨な光景がこの世ながらの地獄のようにそこに描き出されている。下谷広小路から金龍山の塔までを遠見にして、町の空には六か所からも火の手が揚がっている。右に左にと逃げ惑う群衆は、京橋四方蔵から竹河岸あたりに続いている。深川方面を描いたものは武家、町家いちめんの火で、煙につつまれた火見櫓も物すごい。目もくらむばかりだ。

半蔵が日ごろその人たちのことを想望していた水戸の藤田東湖、戸田蓬軒なぞも、この大地震の中に巻き込まれた。おそらく水戸ほど当時の青年少年の心を動かしたところはなかったろう。彰考館の修史、弘道館の学問は言うまでもなく、義公、武公、烈公のような人たちが相続いてその家に生まれた点で。