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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
04 第二部下
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 105,172 字 · 206 页
寄席の高座で、芸人の口をついて出る流行唄までが変わって、それがまた英語まじりでなければ納まらない世の中になって来た。「待つ夜の長き」では、もはや因循で旧弊な都々逸の文句と言われる。どうしてもそれは「待つ夜のロング」と言わねばならない。「猫撫で声」というような文句ももはや眠たいとされるようになった。どうしてもそれは「キャット撫で声」と言わねば人を驚かさない。すべてこのたぐいだ。
半蔵は腕を組んでしまって、渦巻く世相を夢のようにながめながら、照りのつよい日のあたった南向きの障子のわきにすわりつづけた。まだ春も浅く心も柔らかな少女たちが、今にこの日本の国も英語でなければ通じなくなる時が来ると信じて、洋書と洋傘とを携え、いそいそと語学の教師のもとへ通うものもあるというような、そんな人のうわさを左衛門町の家のものから聞くだけでも、彼は胸がいっぱいになった。
終日読書。
青年時代から半蔵が見まもって来たまぼろしは、また彼の胸に浮かぶ。そのまぼろしの正体を彼は容易に突きとめることができなかった。彼の心に描く「黒船」とは、およそ三つのものを載せて来る。耶蘇教はその一つ、格物究理の洋学はその一つ、交易による世界一統もまたその一つである。