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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
04 第二部下
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 105,172 字 · 206 页
宮下の主人は馳走ぶりに、風呂でも沸かそうから、寒詣でや山開きの季節の客のために昔から用意してある行者宿の湯槽にも身を浸して、疲れを忘れて行けと言ってくれた。
午後には五平の方から半蔵を訪ねて来て、短冊を取り寄せたり、互いに歌をよみかわしたりするような、ささやかな席が開けた。そこへ紅い毛氈を持ち込み、半折の画箋紙なぞをひろげ、たまにしか見えない半蔵に何か山へ来た形見を残して置いて行けと言い出すのは禰宜だ。子息も来て、そのそばで墨を磨った。そこいらには半蔵が馬籠から持って来た歌書なども取り散らしてある。簀巻きにして携えて来た筆も置いてある。求めらるるままに、彼は自作の旧い歌の一つをその紙の上に書きつけた。
おもふどちあそぶ春日は青柳の千条の糸の長くとぞおもふ 半蔵
五平はそのそばにいて、
「これはおもしろく書けた。」
「でも、この下の句がわたしはすこし気に入らん。」と半蔵は自分で自分の書いたものをながめながら、「思うという言葉が二つ重なって、どうも落ちつかない。」
「そんなことはない。」
と五平は言っていた。
時には、半蔵は席を離れて、ながめを自由にするためにその座敷の廊下のところへ出た。