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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

04 第二部下

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 105,172 字 · 206 页

青空文庫

山里の中の山里ともいうべき御嶽のすその谷がその位置から望まれる。そこへも五平が立って来て、谷の下の方に遠く光る王滝川を半蔵と一緒にながめた。木と木の梢の重なり合った原生林の感じも深く目につくところで、今はほとんど自由に入山伐木の許さるる場処もない。しかし、半蔵は、他に客のあるけはいもするこの禰宜の家で五平と一緒になってからは、総代仲間の話なぞを一切口にしなかった。五平はまた五平で、そこの山、ここの谷を半蔵にさして見せ、ただ風景としてのみ、生まれ故郷を語るだけであった。

もはや、温暖い雨は幾たびとなく木曾の奥地をも通り過ぎて行ったころである。山鶯もしきりになく。五平が贄川での再会を約して別れて行った後、半蔵はひとり歌書などを読みちらした。夕方からはことに春先のような陽気で、川の流れを中心にわき立つ靄が谷をこめた。そろそろ燈火のつく遠い農家をながめながら、馬籠を出しなに腰にさして来た笛なぞを取り出した時は、しばらく彼もさみしく楽しい徒然に身をまかせていた。

翌朝は早く山をたつ人もある。遠い国からの参詣者の中には、薄暗いうちから起きて帰りじたくをはじめる講中仲間もある。