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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
04 第二部下
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 105,172 字 · 206 页
彼半蔵のような愚直なものが忘れようとして忘れられないのは、民意の尊重を約束して出発したあの新政府の意気込みであった。彼が多くの街道仲間の不平を排しても、本陣を捨て、問屋を捨て、庄屋を捨てたというのは、新政府の代理人ともいうべき官吏にこの約束を行なってもらいたいからであった。
小松の影を落とした川の中淵を右手に望みながら、また彼は歩き出した。彼の心は、日ごろから嘆願書提出のことに同意してくれているが、しかし福島支庁の権判事がかわりでもしないうちはだめだというらしいあの寿平次の方へ行った。
彼は言って見た。
「相変わらず、寿平次さんは高見の見物だろうか。」
彼の心は隣家伏見屋の伊之助の方へも行った。
「伊之助さんか。あの人は目をつぶっておれと言う。このおれにも――見るなと言う。」
彼の心はまた、村の万福寺の松雲和尚の方へも行った。
「和尚さまと来たら、用はないと言うそうな。」
しかし、彼はあの松雲たりとも禅僧らしく戦おうとはしていることを知っていた。
五月の森の光景は行く先にひらけた。檜欅にまじる雑木のさわやかな緑がまたよみがえって、その間には木曾路らしいむらさきいろの山つつじが咲き乱れていた。