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ゆめはよびかわす

夢は呼び交す

蒲原 有明

――黙子覚書――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,126 字 · 210 页

青空文庫

その老人があの今井克復翁である。大阪で、大塩平八郎の騒動のあったとき、惣年寄として火消人足を引きつれて大塩父子の隠家を取り巻き、そしてこの父子の最期を見届けたという、その人である。大家の生れでさすがに品位も備わり、濶達で古いことをよく記憶していた。中島広足とは姻戚であった。翁の夫人がたしか広足の娘であったように聞いていた。隣町に住んでいたので、短冊を背中に入れて気軽く訪ねてくる。弟子の家を廻り歩くのが何よりの楽しみであったらしい。若いおりは能楽に凝って、そのために大きな身代をなくしてしまったということである。翁の歌は『新古今』の伝統を守って、『万葉』を遠ざけ、桂園を疎外していた。翁は万葉張りを揶揄していた。鶴見が『万葉』を好んでいたのを感づいて知っていたからである。

うばたまの闇雲いそぐかごの中に

富士を見ながらむすこ行く見ゆ

これなどどうですと高笑いをして、翁は右の歌を書き示した。加茂季鷹の作だというのである。

父親がこの老翁を嫌うのは老翁その人を嫌うのではない。それが鶴見に分らぬでもなかった。

或時父はこういった。鶴見が父の晩酌の世話をしているおりであった。