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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
34 白雲の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,838 字 · 204 页
観瀾亭、一名月見御殿の床下――御殿の床下なんという名目が七兵衛の芝居ごころを刺戟して、ちょっと拈ってここへ寝てみたい心持にでもなったのか(明治大正の頃、華族芳川伯爵家の令嬢が、その自動車の運転手と情死する前に泊った宿屋へ、わざわざ出かけて行って、それと同じ室へ一泊して気分を味わった人間もある)そうでなければここはこれ、太閤様名残りの伏見桃山御殿のお間をそっくり移したということだから、大先輩の石川五右衛門氏が忍び込んだ手沢のあともなつかしいなんぞの、そぞろ心から、ついこの床下を借用してみる気になったなんぞも、それも、あんまりコジツケに近い。第一、七兵衛は水呑百姓を以て自ら任じている素朴な男ですから、御殿の床下で、「ああら怪しやな」なんぞと騒がれてみたがったり、また大先輩の石川五右衛門氏のように、衣冠束帯の大百日で、六法をきってみようというような華美な芝居気のない男ですから、この床下を選んだことにしてからが、一方は牡鹿半島方面の船の到着が気にかかり、一方はまだ仙台城下に無くもがなの心がかりがあるから、ちょうどその中間の、ここ松島の観瀾亭あたりを選ぶのが、地の利よりして最も適度と考えただけのものでしょう。