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たじゅうとそのいぬ

太十と其犬

長塚 節

「ホトトギス」1910(明治43)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,769 字 · 32 页

青空文庫

犬殺しは太十の姿を見て一足すさった。

「何すんだ」

太十は思わず呶鳴った。

「殺すのよ」

犬殺しは太いそうして低い声で応じた。

「殺せんなら殺して見ろ」

太十はいきなり犬を引っつるように左手で抱えた。

「見やがれ殺しはぐりあるもんか」

犬殺しは毒ついて行ってしまった。太十の怒った顔は其時恐ろしかった。赤は抱かれて後足をだらりと垂れて首をすっと低くして居た。荒繩で括った麻の空袋を肩から引っ懸けた犬殺しの後姿が見えなくなってから太十は番小屋へもどった。赤は太十の手を離れるとすぐにさっきの処へ駈けていって棄てられた煎餅を噛った。太十はすぐに喚んだ。赤は長い舌で鼻を甞めながら駈けて来て前足を太十の体へ挂けて攀じのぼるようにしていつものように甘えた。夜になって文造が番小屋へ来た。それは犬殺しが何処かで赤犬の肉を註文されて狙いをつけたのだから屹度殺してやるとそこらで放言して行ったということを知らせる為めであった。文造は心底から大事と思って知らせたのであったが然し此は知らなかった方が却て太十にも犬にも幸であったのである。実際其頃は犬殺しの徘徊すべき時節ではなかった。暑い時には大切な毛皮が役に立たぬばかりでなく肉の保存も出来ないからである。