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たじゅうとそのいぬ
太十と其犬
長塚 節
「ホトトギス」1910(明治43)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,769 字 · 32 页
七
其時は既に盗ではなかった其不幸な青年は急遽其蜀黍の垣根を破って出た。体は隣の桑畑へ倒れた。太十は一歩境を越して打ち据えた。其第一撃が右の腕を斜に撲った。第二撃が其後頭を撲った。それがそこに何も支うるものがなかったならば怪我人は即死した筈である。棍棒は繁茂した桑の枝を伝いて其根株に止った。更に第三の搏撃が加えられた。そうして赤犬を撲殺した其棍棒は折れた。悪戯の犠牲になった怪我人は絶息したまま仲間の為めに其の家へ運ばれた。太十は其夜も眠らなかった。彼は疲労した。
七
怪我人は蘇生した。続いて脳震盪を起した。其家族は太十を告訴すると息巻いた。其間には人が立った。太十の姻戚も聚って見たが怪我人の倒れた側に太十の強く踏んだ足跡と其草履とがあったので到底逃げる処を打ったという事実の分疎は立たぬというのを聞いて皆悄れて畢った。其内怪我人の危険状態は経過した。然し全治までには長い時間を要すると医師は診断した。告訴を受ければ太十は監獄署の門をくぐらねばならぬと思って居る。彼はどれ程警察署や監獄署に恐怖の念を懐いたろう。彼はそれからげっそり窶れて唯とぼとぼとした。事件は内済にするには彼の負担としては過大な治療金を払わねばならぬ。