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めおとのあさ

夫婦の朝

山本 周五郎

「婦人倶楽部」大日本雄辯會講談社、1941(昭和16)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,008 字 · 22 页

青空文庫

口早に云って銭入を取出し、

「是で家へなにか買って行っておやり」

「……まあ、奥様」

「日暮れまえに帰って来れば宜いからね」

そう云い捨てると、よねが口をむ隙もなく、もう足早に歩きだしていた。

よねが怪しみはせぬかという心配より、男が理不尽なことをしたらと思う方が怖しかったのだ。……振向きもせず、東本願寺の方へ曲って暫く行くと、後の跫音がすたすたと追いついて来て、

「そこを左へお曲りなさい」

と囁いた。

「左側に桔梗という料理茶屋があります、そこへお入りなさい」

もう糸に操られる木偶のようだった。

後から囁く嗄れた声の命ずるままに、料理茶屋の横庭口から入ると、出て来た女が心得顔に導くあとから上へあがり、長い廊下の端にある小さな部屋へと入って行った。

――帰らなくてはいけない、こんな場所にいてはいけない。

紊れた胸いっぱいに、まるで誰か人がいて喚くような声を感じながら身動きもならず立竦んでいると、……後から浪人態の男が一人、刀を右手にぬっと入って来た。

お由美は恟としながら振返った。

男は不健康な、蒼白い疲れた顔に、眼ばかり大きくぎらぎら光らせている。太い眉の片方をあげ、唇を左へ歪めたのしかかるような表情で、