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ちぎりきぬ

契りきぬ

山本 周五郎

「ロマンス」ロマンス社、1949(昭和24)年10月~11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 32,757 字 · 66 页

青空文庫

と、まじめに聞かれることがよくあった。

紅葉の季節がめぐって来て、客の混雑で眼のまわるような忙しい日が続いた。そのさいちゅうに思いがけなく、越前の絹物商が訪ねて来て、三日ばかり泊っていった。――去年のあのとき借りた着物は『むろい』へ住みつくとすぐ心ばかりの礼を添えて福井へ送ったが、そのときの便りを忘れずに寄ったのである。供はべつの若者であった。――おなつはもちろん、いねも事情を知っているので、ひと晩だけというのをひきとめて歓待した。

四日目の朝、角屋市兵衛が立つとき、おなつは宿はずれまで送っていった。霧のふかい朝で、岩根山の斜面は濃い乳色の幕に掩われていたが、揺曳する霧のあいだからときおり燃えるような紅葉が鮮かに見えた。

「また帰りに寄らせて貰いますよ、こんどはあまり丁寧なことはしないようにね、こっちも気が安まらないから、――頼みますよ」

こう云って角屋主従は別れていった。かれらはすぐ霧の中へ見えなくなったが、おなつはやや暫くそこに立って見送っていた。それから引返したのであるが、宿の家並にかかるところで、やはりどこかの宿を立って来たらしい、四五人の客とすれちがった。