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おうしゅうにおけるみたちふじわらし
奥州における御館藤原氏
喜田 貞吉
「民族と歴史 第七巻第六号」1922(大正11)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,211 字 · 34 页
これ立派な反逆でなくてなんであろう。しかも彼はなお黄金の威力をもってその不始末を誤魔化さんと試みることを怠らなかった。その罪を一に地頭季春に帰し、再三妻女を国司の館につかわしてこれが命乞いをなさしめ、その請料物勝げて計うべからず、砂金のみでも一万両の多きに及んだとある。しかも師綱これを許さず、ついに季春が首を刎ねしめたのであった。かくのごときの有様であったから、忠通が題額を拒絶したのは当然の次第であるが、しかも例の黄金の力はよく九条関白や参議教長を動かして、これがために揮毫を試むるを余儀なくせしめたものと見える。
基衡が毛越寺を営むや、丈六薬師仏ならびに十二神将の彫刻を、当時の京都の仏師雲慶(運慶とは別人、かつて『歴史地理』上運慶と書いたのは誤植なり)に依頼した。この時雲慶はこの田舎の富豪を馬鹿にして、非常なる貪り方を行ったものであった。『吾妻鏡』によると、
此本尊造立間、基衡乞二支度於仏師雲慶一。雲慶注‐二出上中下之三品一。基衡令レ領‐二状中品一、運二功物於仏師一。所謂円金百両、鷲羽百尻、七間間中径水豹皮六十余枚、安達絹千疋、希婦細布二千端、糠部駿馬五十疋、白布三千端、信夫毛地摺千端也。