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ほうえいふんか
宝永噴火
岡本 かの子
「文学界」1940(昭和15)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,505 字 · 62 页
こんなに惨めになった彼を「生」に引止めたものは「死の恐怖」だった。この世でさえすでに、これほど地獄に近い自分である。死後は一層案じられた。たとえ苦痛と恐怖が、堪え難いものであるには違いないとしても、まだそれを感じるはっきりした自己意識の便るものがある。もし、この便りをさえ失った後は、全く忘却の中に悪魔や鬼神の擒となり、無際限の奈落の底に引きずり込まれて行っても、それを何によって感覚したらよいであろうか。自分に意識しつつ獣に喰い尽されるのは、まだ堪えることも出来る。いつとも知らず相手を判らず茫漠のうちに喰い尽されて失くなることは想像するだに不安の極みだ。自分は飽くまで眼を瞠はり、飽くまで恐れおののく自分を見守って生の岸端に足を踏み堪えなければならない。
斯くて、慧鶴は生きる力を求めて、わずかに自分の中にある名望の慾に探り当てた。人に立てられること、人に褒めそやされること、人に羨ましがられること、こういう慾望が破船に似た慧鶴青年の中にも残っていたことは不思議である。素質と言おうか、本能といおうか、ただただ不思議である。別けて人を押し負かして優れた力により人を見下す快を思うとき慧鶴青年の心は躍った。