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さむはし

寒橋

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,416 字 · 36 页

青空文庫

ほんの一瞬のことだったが、お孝は足が竦みそうになった、しかしそれより早く良人がこっちへ振返った。……門のあく音で気がついたのだろう、こっちへ振返って、おちついた眼つきで、

――いいから家へあがれ。

というような合図をした。そのおちついた眼つき、少しも慌てたようすのないそぶりでお孝はほっとし、黙って家へはいったが、着替えをするときもまだ胸がどきどきしていた。

「お父つぁんに叱られたんだ、おまえは知らないつもりでいるほうがいい」

あとから来て時三はそう云った。

伊兵衛がとこばらいをしてから、おたみのようすがどことなく変ってきた。いつも浮かない顔をしていて、これまでついぞないことだが皿小鉢を破ったり、腹ぐあいが悪いといって四五日も黙って寝ていたり、また夜中にお勝手で嘔こうとして、いやな声をだしていたりした。

そうしておたみは十月の末になって、躯の調子が悪いからと、急にひまを貰いたいと云いだし、ひきとめる手を振切るようなぐあいに実家へ帰っていった。

「どうしたんでしょ、七年もいて家の者も同様にくらして来たのに、なにが気に障ってあんなふうに出ていったのかしら」