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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

その、呟いているものが、普通の言葉ではなくて、何かの文句に節をつけて、口のうちで暗誦しているのであるらしいことは察しられたが、滋幹が傍で聞いているのには全く気が付かないかのように、何となく水の面へ眼を落して、同じ文句を二三遍も繰り返していたかと思うと、

「和子」

と云って、やっと少年の方を向いた。

「わしは和子に此の詩を教えて上げる。此れは唐土の白楽天と云う人の作ったもので、子供にはむずかし過ぎて意味が分らないであろうが、そんなことはどうでもよい。わしが云う通りに覚えさえしたらよいのだ。今に和子が大人になったら、自然に分る時が来る」

滋幹は、

「さ、こゝへおかけ」

と云われて、父と並んでその石の端へ腰をかけた。父は最初、子供に覚え易いように、一句ずつ句切ってゆっくりと云い、滋幹が一句を唱え終るのを待って次に進むようにしたが、そうしているうちにだん/\教えていると云う心持を忘れ、己れの感情の赴くまゝに声を張り上げ、抑揚をつけて朗吟し出した。―――

失うて庭の前の雪となり

飛んで海の上の風に因る

九霄応に侶を得たるなるべし

三夜籠に帰らず

声は碧の雲の外に断え

影は明けき月の中に沈む