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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

その一

その一

此の物語はあの名高い色好みの平中のことから始まる。

源氏物語末摘花の巻の終りの方に、「いといとほしと思して、寄りて御硯の瓶の水に陸奥紙をぬらしてのごひ給へば、平中がやうに色どり添へ給ふな、赤からんはあへなんと戯れ給ふ云々」とある。これは源氏がわざと自分の鼻のあたまへ紅を塗って、いくら拭いても取れないふりをして見せるので、当時十一歳の紫の上が気を揉んで、紙を濡らして手ずから源氏の鼻のあたまを拭いてやろうとする時に、「平中のように墨を塗られたら困りますよ、赤いのはまだ我慢しますが」と、源氏が冗談を云うのである。源氏物語の古い注釈書の一つである河海抄に、昔、平中が或る女のもとへ行って泣く真似をしたが、巧い工合に涙が出ないので、あり合う硯の水指をそっとふところに入れて眼のふちを濡らしたのを、女が心づいて、水指の中へ墨を磨って入れておいた、平中はそうとは知らず、その墨の水で眼を濡らしたので、女が平中に鏡を示して、「われにこそつらさは君が見すれども人にすみつく顔のけしきよ」と詠んだ故事があって、源氏の言葉はそれにもとづく由が記してある。河海抄は此の故事を今昔物語から引用し、「大和物語にも此事あり」