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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

たまには伺候することもあったが、帰りにいつもの局へは間違っても足を向けず、そっちは鬼門だと、自分で自分に云い聞かして、すうっと出て来るようにしていた。と、その後又幾月か過ぎて、或る五月雨の降る晩であった。久振に御前で夜を更かしてから出て来ると、宵のうちは入梅らしくしょぼ/\降っていた雨が、俄かに大降りに降り出したので、此の雨を衝いて自分の家まで帰るのはえらく煩わしい気がしたが、その時ふっと、こう云う晩にかの人のもとを訪れてみたら、と、急に平中はそう思いついた。それと云うのが、考えれば忌ま/\しいけれども、いったいかの人の此の間のようなやり方は、悪ふざけにしても少しく念が入り過ぎている。凡そ相手が左様に手の込んだ懊らし方をすると云うのは、彼を嫌っているのではなくて、彼に興味を抱いている證拠ではないのか。あたしはそこらの人たちのように、あなたの名を聞いて直ぐ嬉しがるような女ではない、と云うところを見せたいのであろうが、一往その意地を通しさえすればよいのではないか。―――平中の腹の底には矢張そう云う風な己惚れがあるので、あれ程にされてもなお懲りず、まだほんとうには諦めていなかったのであった。