轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
しょうしょうしげもとのはは
少将滋幹の母
谷崎 潤一郎
「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页
父はもう数箇月も前から、折々月の明かな夜を選んで、家の者たちの寝静まった時刻をうかゞい、何処と限ったことはなく、野末の墓場などへ忍んで行ってひとしきり観念を凝らしてから、明け方にこっそり戻っていたのであった。
「そうしてお父さまは、もう迷いがお晴れになったんでしょうか」
滋幹がそう云うと、
「いゝや」
と云って、父は立ち止まって、遠い山の端の月の方へ眼をやりながらほっと息をした。
「なか/\晴れるどころではない。不浄観を成就すると云うことは、口で云うような容易いものではないんだよ」
それきり父は、滋幹の方から話しかけても相手にならず、何かしら考に囚われている様子で、家に着くまで殆ど一語を発しなかった。
父のあとについて滋幹がそう云う夜歩きの供をしたのは、その一と夜だけであった。父は前から人目を忍んで時々そんなことをしていたと云うのであるから、恐らくその以後に於いても、なお幾度かさまよい出たことがあるに違いなく、たとえばその翌日なども、夜更けて父がしめやかに戸を開けて出るけはいを、滋幹はそれと気づいていたけれども、父も滋幹を連れて行こうとはしなかったし、滋幹も、再び父の跡を附けようとは思わなかった。