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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

「お母さま!」

と、突然云った。尼は大きな体の男がいきなり馳せ寄ってしがみ着いたのに、よろ/\としながら辛うじて路ばたの岩に腰をおろした。

「お母さま」

と、滋幹はもう一度云った。彼は地上に跪いて、下から母を見上げ、彼女の膝に靠れかゝるような姿勢を取った。白い帽子の奥にある母の顔は、花を透かして来る月あかりに暈されて、可愛く、小さく、圓光を背負っているように見えた。四十年前の春の日に、几帳のかげで抱かれた時の記憶が、今歴々と蘇生って来、一瞬にして彼は自分が六七歳の幼童になった気がした。彼は夢中で母の手にある山吹の枝を払い除けながら、もっと/\自分の顔を母の顔に近寄せた。そして、その墨染の袖に沁みている香の匂に、遠い昔の移り香を再び想い起しながら、まるで甘えているように、母の袂で涙をあまたゝび押し拭った。