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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

いかさまそこの懸金が外れていては、人が這入って来る懸念があるので、男が仕方なく手を放すと、女は起きて、上に纏っていた衣を脱ぎ、単衣と袴とを着たなりで出て行った。その間に平中は装束を解いて臥て待っていたが、たしかにカタリと懸金を掛ける音がしたのに、どう云う訳か女はなか/\戻って来ない。間仕切と云ってもついそこであるのに、一体何をしているのか。………そう云えば、今懸金の音がしたあとで、女の足音がだん/\奥へ遠のいて行くように聞えたが、それきりぱったりと此の室内に人のけはいがしなくなった。何だか様子がおかしいので、

「どうかなされたのですか、………もし、………」

と、小声で云ってみたけれども、答がない。

「もし、………」

と云いながら、彼も起き上って、襖の際へ行ってみると、怪しからぬことには此方側の懸金は外れていて、向う側の懸金が下りているのである。女は隣の部屋へ逃げて、向うから締まりをして、何処かへ行ってしまったのであった。

又背負い投げを食わしたのか。………平中はそのまゝ襖に寄り添うて茫然と闇の中に立ちつくした。それにしてもこれはどう云う意味であろう。こんな夜更けにわざ/\人を自分の閨まで誘い入れて置きながら、いざと云う時に姿を晦ましてしまうとは。