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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

た彼は、ついぞ此の伯父の存在などを眼中に置いたことはなかったのに、どう云う風の吹き廻しか、伯父に出遇うと変なニコ/\顔をする。そして、御壮健で結構であるが、此の頃の寒さはおこたえになりはしないか、とか、お風邪を召されぬように、とか、取って附けたような愛想を云う。或る日、分けても寒さの厳しい朝のことであったが、伯父の大納言の鼻先から水洟が滴れているのを見ると、彼はそっと寄って行って、

「お洟が出ておりますぞ」

と、注意をして、

「お寒かったら綿の物をたくさんお着込みになることですね」

と、小声で云った。

長寿の人によくあるように、大納言は少し耳が遠いので、

「綿?………」

と聞き返すと、

「ふん、ふん」

と、時平はひとりうなずいて、何やら老人には聞き取れないことを云ったが、やがて老人が館に帰ると、左大臣からの使者だと云って、雪のような綿を幾屯と云うほど届けて来た。「あなたのように齢八十になん/\としてなお矍鑠たる元気を保ち、壮者を凌ぐ趣がおありになるのは羨しい次第である。国に斯様な朝臣があるのは寔にめでたい限りであるから、何卒此の上とも体を大切にされて、一日でも多く長生きをして下さるように」