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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

………」

老人は白氏文集を愛読していて、興に乗ずると、こんな工合に文句を暗誦するのであるが、これが出る時はそろそろ酒が循って来た證拠であった。

「………洛陽の児女面は花に似たり、河南の大尹頭は雪の如し。………」

老来量を節してはいても、もと/\下地は好きな方で、過せばいくらでも過せる国経は、今宵は自分が主人役として容易ならぬ人を迎え、粗相があってはならぬと思うところから、最初のうちは努めて引き締めていたのであったが、何分胸中に抑えきれない喜びが溢れてい、而も客人たちの方から頻りに杯を強いられるので、いつか心の緊張が弛んで、上機嫌になって行った。

「いや、頭は雪の如しでも、御精力のお盛んなことはお羨しい限りですな」

そう云ったのは式部大輔の菅根であった。

「わたくしなどは、老人と申しましても明けて五十歳になったばかり、御老体から見ますれば孫のようなものですが、近頃めっきり衰えを感じておりますよ」

「そう云って下さるのは忝いが、もう此の老人もとんと駄目でして、………」

「駄目とは何が駄目なのです」

と、時平が云った。

「何も彼も駄目でございますが、二三年来特に駄目になったものがございましてな」