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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

「あります! たった一つあります!―――さ、御老体、それを引出物に下さい!」

時平はそう云って、愕然としている老人の眼の中を視据えた。

「さ、それを下さい、物惜しみをなさらない證拠に!」

「おゝ、物惜しみをしない證拠に!」

何と思ったか国経は、鸚鵡返しに云った。そして次の瞬間に、座敷のうしろを囲っていた屏風の方へ歩み寄って、それを手早く押し畳むと、御簾の隙間へ手を挿し入れて、中に隠れていた人の袂の端をぐいと捉えた。

「左大臣殿、御覧下さい。―――愚老の命より大切な、天にも地にもかけがえのない物、あらゆる宝物にまさる宝物、愚老の館より外に、何処を尋ねてもない宝物は此れなのです。―――」

今までぐでん/\に酔いしれていた国経は、急に活を入れられたようにしゃんとして立っていた。言葉も呂律が廻らなかったのが、てきぱきした物云いで、りん/\と響き渡るように云った。たゞその大きく見開かれた眼には、何か発狂したような怪しい輝きが満ちていた。

「殿、物惜しみをしない證拠に、これを引出物に差上げます。お受け取り下さい!」

時平を始め満座の公卿たちは一言も発せず、眼前に展開した思いがけない光景に恍惚としていた。