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さんじょうこ

山上湖

豊島 与志雄

「新潮」1949(昭和24)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,912 字 · 22 页

青空文庫

それから歩きだすと、やがてまた雨になった。杉木立にかこまれた稲荷堂に雨宿りした。雨がやんだので、急いで帰りかけると、ちょっと雷鳴がして、こんどは可なりの雨となった。避難の場所が見当らなかった。大木の陰も雨雫で同じことだ。濡れながら行くと、野の中に、屋根だけふいてある四方開け放しの小屋があった。その中に飛びこんだ。木片や藁屑があったから、焚火をした。

それほど寒くもないのに、平田はへんに震えてるようだった。やたらに木片を火にくべて、ぱっと燃え立つと、嬉しそうに手をこすった。

「ああ、これで助った。」

雨は強く、その中での小屋の焚火は、悲しくて美しかった。私の心は躍った。平田は私を抱きしめてくれるだろう。熱いキスで息をつまらせてくれるだろう。いつまでも私を離さないだろう。けれどもそんなことは、少しもなかった。彼は煙草を吸うのも忘れて、上衣やズボンをしきりに乾かしてばかりいる。私は焚火の焔を見つめながら、佗びしい思いに沈んでいった。そこから浮び出るようにして、あたりを見廻わすと、雨脚の廉ごしに、つき立った山腹が見える。全山紅葉だが、赤色から黄色にいたる色どりがぼーっとかすんでいる。