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ほ

帆

宮本 百合子

「文芸春秋」1927(昭和2)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,973 字 · 25 页

青空文庫

そんなことが二三度あった。――もう五月であった。

或る日、藍子が尾世川の宿へ行くと、今しがた出たというところだった。

無駄足が惜しくないように近所へわざわざ越して来ているのであったが、藍子はその時はそのまま家へ引返す気になれなかった。いい天気でもあったし、藍子は久世山の方へぶらぶら抜けながら、どこへ行こうかと思った。女子青年会のアパアトメントにいる友達と、砂土原町とが頭に浮んだ。

藍子の先輩に当る相馬尚子が仏語の自宅教授や翻訳を仕事にしてそこに住んでいる。

藍子は、一寸躊躇していたが、元気よく駆けるように大日坂を下り、石切橋から電車に乗った。

尚子の処に、思いがけず清田はつ子、森鈴子という連中が来ていた。明治末葉の、漠然婦人運動者と呼ばれている人々であった。

黒い紋羽二重の被布に、同じような頭巾をかぶったはつ子は、小さい眼を輝やかせて自分の恋愛談をした。

「私のその青年との恋愛は、清田によって満されなかった美の感情がその人に向って迸ったとでも云いますか。――私自身始めっから、それは自覚していましたからその男のひとがほかに好きな女の出来た時、やっと役目の済んだような気がしましたよ」