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しんじゅう
心中
「中央公論」1911(明治44)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,515 字 · 17 页
そこで佐野さんは、内情を知らない親達が、住職の難癖を附けずに出家を止めるのを聞いて、げにもと思うらしいのに勢を得て、お蝶より先きに東京に出て、或る私立学校に這入った。お蝶が東京に出たのは、佐野さんの跡を慕って来たのであった。
佐野さんはその後も、度々川桝へお蝶に逢いに来て、一寸話しては帰って行く。お客になって来たことはない。お蝶の親元からも度々人が出て来る。婿取の話が矢張続いているらしい。婿は機屋と取引上の関係のある男で、それをことわっては、機屋で困るような事情があるらしい。佐野さんは、初めはお蝶をなだめ賺すようにしてあしらっている様子であったが、段々深くお蝶に同情して来て、後にはお蝶と一しょになって、機屋一家に対してどうしようか、こうしようかと相談をする立場になったらしい。
こう云う入り組んだ事情のある女を、そのまま使っていると云うことは、川桝ではこれまでついぞなかった。それを目をねむって使っているには、わけがある。一つはお蝶がひどくお上さんの気に入っている為めである。田舎から出た娘のようではなく、何事にも好く気が附いて、好く立ち働くので、お蝶はお客の褒めものになっている。