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あやしのやかた

怪しの館 短編

国枝 史郎

国枝史郎『怪しの館 短編』。同一底本的分册已合并为一书。收入:怪しの館、一枚絵の女、犬神娘、開運の鼓、猿ヶ京片耳伝説、日置流系図、北斎と幽霊。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 81,915 字 · 165 页

青空文庫

芝高輪まで向かう間に彼の眼に触れる事々物々は焦心の種ならぬはない。兵を近在に避けようとして荷車を曳く商人の群れ。刀の柄に手を掛けて四方に眼を配りながらノシノシ歩く家人の群れ。店を開けている家は稀である。陽はカンカンと照ってはいるが街々の姿は暗く見える。

突然、横町から十人余りの幕兵が塊まって現われたが、互いに耳打ちをしたかと思うと麟太郎の行く手を遮った。そしてその中の頭領らしい一人の武士が声を掛けた。

「しばらくお待ちくだされい!」と。

麟太郎は静かに馬を止めた。それから彼らを見廻したが、「諸君の風貌は逼ってござるが、そもそも何事が起こりましたかな?」鋭い口調で詰問した。

彼らはそれには答えなかった。

「そういうご貴殿こそどこへ参られるな?」

「君命を帯びて薩州邸まで……」

「江戸開け渡しのご相談にか? フン」と一人が嘲笑った。麟太郎の張り切った神経はこの「フン」のために切れそうになった。怒りの声を張り上げて一句嘲罵を報いようとした。その刹那聞こえて来たものが、例の鼓の音である。春陽のようにも温かく松風のようにも清らかな、人の心を平和に誘う天籟のような鼓の音!