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かいむ
怪夢
夢野 久作
「文学時代」1931(昭和6)年10月、「探偵クラブ」1932(昭和7)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,100 字 · 23 页
工場の隅から隅まで、スチームが行き渡り初めたのだ。
そうして次第次第に早く……遂には眼にも止まらぬ鉄の眩覚が私の周囲から一時に渦巻き起る。……人間……狂人……超人……野獣……猛獣……怪獣……巨獣……それらの一切の力を物ともせぬ鉄の怒号……如何なる偉大なる精神をも一瞬の中に恐怖と死の錯覚の中に誘い込まねば措かぬ真黒な、残忍冷酷な呻吟が、到る処に転がりまわる。
今までに幾人となく引き裂かれ、切り千切られ、タタき付けられた女工や、幼年工の亡霊を嘲る響き……。
このあいだ打ち砕かれた老職工の頭蓋骨を罵倒する声……。
ずっと前にヘシ折られた大男の両足を愚弄する音……。
すべての生命を冷眼視し、度外視して、鉄と火との激闘に熱中させる地獄の騒音……。
はるかの木工場から咽んで来る旋回円鋸機の悲鳴は、首筋から耳の付け根を伝わって、頭髪の一本一本毎に沁み込んで震える。あの音も数本の指と、腕と、人の若者の前額を斬り割いた。その血しぶきは今でも梁木の胴腹に黒ずんで残っている。
私の父親は世間から狂人扱いにされていた。それは仕事にかかったが最後、昼夜ブッ通しに、血も涙もない鋼鉄色の瞳をギラギラさせる、無学な、醜怪な老職工だからであった。