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おんじん
恩人
豊島 与志雄
「帝国文学」1914(大正3)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,268 字 · 27 页
遠くより見れば殆んど森のようになった屋敷も、時々植木屋の手が入るので、その中にふみ込むと矗々と並び立った木立の下影には案外広濶な空地が開けていた。二人共沈黙のうちにその中を歩き廻った。
梢からちらちらと洩れる星影を頼りにほの暗い中を歩いていると、彼は傍に立っている者の叔父であることを殆んどうち忘れた。彼は其処に只一人の人間を見た、病に寿命を縮められた人を、昔の恋人たりし人妻の家に遙々訪れて来た人を、そしてまた自分の敬愛する一人の畏友を。
「あなたは、」と彼は云った。「御病気なすってから何か人生観というようなものがお変りにはなりませんでしたか。」
「そう、むずかしいことは分らないが、物の見方というようなものは変化したようだね。」
「どんな風になんです?」
「何でも僕は先へ先へと考えすぎたようだね。所が病気をしてからは過去を振り返ってみるようになったような気がするよ。それが他の事物を見る時にまで伝染して来たようだ。まあ云ってみれば、植物を研究するんでも発生的の方面をばかり見ようとする傾向が嵩じてきたようだ。保守なんだね。」
「中年に入られようとする故もあるでしょう。