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あくりょう

悪霊

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1933(昭和8)年11月~1934(昭和9)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,980 字 · 67 页

青空文庫

あの片輪者こそ、唯一の証人に違いない(註)。僕は思出すとすぐ、その事を綿貫検事に告げた。

「これから直ぐ行って見ましょう。まだ元の所にいて呉れればいいが」綿貫氏というのは、そういう気軽な、併し犯罪研究には異常に熱心な、少し風変りな検事なのだ。そこで人々は姉崎家の手提電燈を借りて、ゾロゾロと門外の空地へと出て行った。

手提電燈の丸い光の中に、海坊主みたいな格好をして、躄乞食は元の場所にいた。蚊を防ぐ為に頭から汚い風呂敷の様なものを被って、やっぱり躄車の中にじっとしていたのだ。一人の刑事が、いきなりその風呂敷を取りのけると、片輪者は雛鶏の様に歯のない口を黒く大きく開いて、「イヤー」と、怪鳥の悲鳴を上げ、逃げ出す力はないので、片っ方丈けの細い腕を、顔の前で左右に振り動かして、敵を防ぐ仕草をした。

決してお前を叱るのではないと得心させて、ボツボツ訊ねて行くと、乞食は少女の様な可愛らしい声で、存外ハッキリ答弁することが出来た。先ず彼の白っぽく見える左眼は幸にも普通の視力を持っていることが確められた。今日はおひる頃からずっとその空地にいて、前の往来を(随って姉崎家の門をも)眺めていたことも分った。