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あくま

悪魔

小川 未明

「新文藝」1910(明治43)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,591 字 · 16 页

青空文庫

平常気に留めなかった機関の呻吟声が腸の底に響くように耳に附く。火が盛に燃えて、釜の中で熱湯が煮えたぎる音と、釜の啼く音とが。女の苦しんでいると否とに拘わらず、傾った煙突からは烟が出て、それが思い思いに北に行き、南に行った。ある物は憧れて行くように巻き上り、ある物は空想を追って、這うように拡がってしまう。それらの異った考えを持った烟は、果敢なく永劫に消え失せてしまう。また烟の影を上に映す、鈍色のブリキ屋根は、永劫に冴えぬ顔をして遅鈍でいるのだ。

女は、もはや、こうやって居られなくなった。転がって苦しんだ、けれど誰も来てくれる者がない。あちらで石炭を投げ入れている若者のけはいがするが、こちらに来る筈がない。二階で、絶えず織っている機の響。こればかりは聞き慣れているが、時々、この響の聞えぬ静かな所に行って見たくなる。もうこの響に聞き飽きた。眼が醒めるとこの響を聞くが、眼を閉る時までこの響を聞かなければならぬ……。死んでしまって静かな所へ行ったなら、この響は聞えぬだろう。……

女は、せめてこの苦しみを慰めてくれるものは、あの青空よりないと思った。青空を見るたび、しばし胸の苦痛を忘れて、昔の夢を見るのが習となった。