轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

わがやのらくえん

我が家の楽園

久生 十蘭

「オール読物」1953(昭和28)年1月〜6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 90,195 字 · 175 页

青空文庫

とばかり思って、同情したようなこともあったが、賢夫人の場合と同様、これも、たいへんな見当ちがいだったようである。

千々子さまの憂愁は、死んだ愛人のせいでもなんでもなかった。われわれには、楽園とも思われた渋谷のバラック住いは、千々子さまにとっては、地獄以上の苦痛だったので、ケチケチした貧乏暮しが、癪にさわってたまらない。こんな楽しい生活はないとぬかすやつは、どいつもこいつも軽蔑してやりたくなり、厭がらせの目的で、三畳で、つんと孤立していたものらしい。もし、そうだとすると、七年の間、貧乏については、ただの一言も口に出さず、無言の敵意をおしとおしたというのは、これもまた、一種の女傑であった。

あの日、家屋の改変の程度をしらべているとき、千々子さまは、いつになく調子をはずして、

「プールがあって、テニスコートがあって、これで、自動車があったら申し分がないわ」と口をすべらした。

麻布の家は、家屋の復原問題で、石田氏と調達局の間にもんちゃくがおき、補償の程度も未決定のままにある。本来なら、家を明けたままで喧嘩をするほうが有利なのに、バラックの家賃が余計だからと、賢夫人が石田氏を説いて、無理押しに越してしまったのには、それも、その辺に、われわれの知らない、深いたくらみがあるふうであった。