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あるおんな
或る女
有島 武郎
1(前編)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,981 字 · 295 页
葉子の神経はそこにいたたまれないほどちかちかと激しく働き出した。自分と自分との間にのそのそと遠慮もなく大股ではいり込んで来る邪魔者でも避けるように、その船員から遠ざかろうとして、つと手欄から離れて自分の船室のほうに階子段を降りて行こうとした。
「どこにおいでです」
後ろから、葉子の頭から爪先までを小さなものででもあるように、一目に籠めて見やりながら、その船員はこう尋ねた。葉子は、
「船室まで参りますの」
と答えないわけには行かなかった。その声は葉子の目論見に反して恐ろしくしとやかな響きを立てていた。するとその男は大股で葉子とすれすれになるまで近づいて来て、
「船室ならば永田さんからのお話もありましたし、おひとり旅のようでしたから、医務室のわきに移しておきました。御覧になった前の部屋より少し窮屈かもしれませんが、何かに御便利ですよ。御案内しましょう」
といいながら葉子をすり抜けて先に立った。何か芳醇な酒のしみと葉巻煙草とのにおいが、この男固有の膚のにおいででもあるように強く葉子の鼻をかすめた。葉子は、どしんどしんと狭い階子段を踏みしめながら降りて行くその男の太い首から広い肩のあたりをじっと見やりながらそのあとに続いた。