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せんごしんじんろん

戦後新人論

坂口 安吾

「文藝春秋 第二七巻第一一号」1949(昭和24)年11月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,363 字 · 15 页

青空文庫

天才はそういうものである。

宇野六段は一向にウダツが上らないが、一般にスポーツの神経は似たようなもので、一芸に秀でたスポーツマンは他のスポーツにも応用のきゝ易いものであるから、ルーキーを探すに、現在の野球選手をねらわず、他のスポーツの選手を狙うという手があると思う。土地によっては父兄が野球を好まぬようなところもあるから、あたら天才児が柔道三段ぐらいになっていたりするものである。

新人というのは、職業人としての新人として意味があることで、職業人以外は余技にすぎず、朝日新聞が文化賞へ、アマチュア・スポーツを加えているのは滑稽千万の話である。

職業というものは尊いものだ。なぜなら、そこにその人の一生が賭けられ、生活が賭けられているからだ。金銭もかけられている。だから尊いので、金銭のかゝらないものは尊くない。

生活が賭けられ、一生が賭けられるから、職業に全人格が投入せられ、職業上に精神の安定をもとめ、ショウマンとして洗錬されたマナーも生れてくる。

アマチュア・スポーツが職業スポーツなみに騒がれると、その結果として現れるものは妖怪的な実相で、古橋や橋爪が学生的に銀座の店で物を売るよりは、職業人としてそうする方がどれだけ割りきれて美しいか分らない。