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そうわ

挿話

徳田 秋声

「中央公論」1925(大正14)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,544 字 · 53 页

青空文庫

料理を誂えておいて、辰之助が馴染の女でも呼ぶらしく自身電話をかけている間に、道太は風呂場へ行った。そして水をうめているところへ彼もやってきた。

「去年の九月を思いだすね」道太は湯に浸りながら言った。

「さよさよ。あの時はどうも……」

去年のあのころ、道太の頭脳はまるで鉄槌で打ちのめされたようになっていたので、それを慰めるつもりで、どうせ今日は立てないからと、辰之助は彼をこの家へ引っ張ってきた。それは四日の日で、道太は途中少し廻り道をして、墓参をしてから、ここへやってきた。そして大きな褄楊枝で草色をした牛皮を食べていると、お湯の加減がいいというので、湯殿へ入っていった。すると親類の一人から電話がかかって、辰之助が出てゆくと、今避難者が四百ばかり著くから、その中に道太の家族がいるかもしれないというのであった。道太はおぼつかないことだと思いながら、何だか本当に来るような気がして、あわててお湯を飛びだした。誰々がここまで来る幸福をもっているだろう。それでも生き残った二人か三人を迎えることができるかしら――彼はそんなことを思いながら、ぽつぽつ落ちてくる雨をくぐって、気ばかり駅へ急いだものであった。