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ぎたい
擬体
豊島 与志雄
「新潮」1952(昭和27)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,945 字 · 25 页
妻の登志子はもう眠っていたが、起き上って来た。青木は和服に着換えると、不機嫌そうに叱りつけた。
「もう起きなくても宜しい。早く眠ってしまうんだ。僕は大事な仕事があるから、それを片附けてから寝る。うるさいから、起きてはいかん。」
茶の間をはさんで、一方が寝室、一方が四畳半の仕事部屋になっていた。青木は冷えた番茶をやたらに飲んで、仕事部屋にはいって寝転んだ。或る種の蜘蛛や甲虫のことを、彼は頭裡に浮べていた。それらの虫は、大敵が身辺に迫ってくるのを感ずると、頭をすくめ足を縮めて、死んだ風を装うのである。人が指先で突っついても、そうする。そしてずいぶん長い間じっとしている。引っくり返しても、身動きもせずに死んだ真似をしている。敵が遠ざかったと感じてから漸く、這って逃げ出すのだ。
そんなものをどうして思い浮べたのか、彼自身にも分らなかった。そして一方では、胸の中で繰り返していた。「ひと一人を殺すんだ。多少の出血は止むを得ぬ。多少の出血は止むを得ぬ。」
可なりの長い間、彼はそうしていた。
それから起き上った。足音をぬすみ物音をぬすんで、道具立てをした。鋭いナイフ……安全剃刀の刄……アドルムの錠剤……オキシフル……絆創膏……繃帯……。