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ほうろうき(しょしゅつ)

放浪記(初出)

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 103,349 字 · 207 页

青空文庫

私は貧乏故男も逃げて行きました

あゝ真暗い頬かぶりの夜だよ。

土を凝視めて歩いていると、しみじみ悲しくて、病犬のようにふるえて来る。なにくそ! こんな事じゃあいけないね。

美しい街の舗道を今日も私は、――女を買ってくれないか、女を売ろう……と野良犬のように彷徨した。

引き止めても引き止まらない、切れたがるきずなならば此男ともあっさり別れよう……。

窓外の名も知らぬ大樹の、たわゝに咲きこぼれた白い花に、小さい白い蝶々が群れて、いゝ匂いがこぼれて来る。

夕方、お月様に光った縁側に出て男の芝居のせりふを聞いていると、少女の日の思い出が、ふっと花の匂いのように横切って、私も大きな声で――どっかにいゝ男はいないか! とお月様に怒鳴りたくなった。

此男の当り芸は、かつて芸術座の須磨子とやった剃刀と云う芝居だった。

私は少女の頃、九州の芝居小屋で、此男の剃刀を見た事がある。

須磨子のカチウシャもよかった。あれからもう大分時がたつ、此男も四十近い年だ。

「役者には、やっぱり役者のお上さんがいゝんですよ。」

一人稽古をしている、灯に写った男の影を見ていると、やっぱり此男も可哀想だと思わずにはいられない。