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しゃよう
斜陽
「新潮 第四十四巻第七号~第十号」1947(昭和22)年7月1日~1947(昭和22)年10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,822 字 · 176 页
ちぇっ、つまらねえ事になりやがった」
「私、もう一度、なおしたいの。どうかして、なおしたいの」
と右手で左手をしぼりながら言ったら、突然、直治が、めそめそと泣き出して、
「なんにも、いい事が無えじゃねえか。僕たちには、なんにもいい事が無えじゃねえか」
と言いながら、滅茶苦茶にこぶしで眼をこすった。
その日、直治は、和田の叔父さまにお母さまの容態を報告し、今後の事の指図を受けに上京し、私はお母さまのお傍にいない間、朝から晩まで、ほとんど泣いていた。朝霧の中を牛乳をとりに行く時も、鏡に向って髪を撫でつけながらも、口紅を塗りながらも、いつも私は泣いていた。お母さまと過した仕合せの日の、あの事この事が、絵のように浮んで来て、いくらでも泣けて仕様が無かった。夕方、暗くなってから、支那間のヴェランダへ出て、永いことすすり泣いた。秋の空に星が光っていて、足許に、よその猫がうずくまって、動かなかった。
翌日、手の腫れは、昨日よりも、また一そうひどくなっていた。お食事は、何も召し上らなかった。お蜜柑のジュースも、口が荒れて、しみて、飲めないとおっしゃった。
「お母さま、また、直治のあのマスクを、なさったら?」