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しゃよう

斜陽

太宰 治

「新潮 第四十四巻第七号~第十号」1947(昭和22)年7月1日~1947(昭和22)年10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,822 字 · 176 页

青空文庫

、直治は出版業の資本金と称して、お母さまの宝石類を全部持ち出し、東京で飲み疲れると、伊豆の山荘へ大病人のような真蒼な顔をしてふらふら帰って来て、寝て、或る時、若いダンサアふうのひとを連れて来て、さすがに直治も少し間が悪そうにしているので、

「きょう、私、東京へ行ってもいい? お友だちのところへ、久し振りで遊びに行ってみたいの。二晩か、三晩、泊って来ますから、あなた留守番してね。お炊事は、あのかたに、たのむといいわ」

直治の弱味にすかさず附け込み、謂わば蛇のごとく慧く、私はバッグにお化粧品やパンなど詰め込んで、きわめて自然に、あのひとと逢いに上京する事が出来た。

東京郊外、省線荻窪駅の北口に下車すると、そこから二十分くらいで、あのひとの大戦後の新しいお住居に行き着けるらしいという事は、直治から前にそれとなく聞いていたのである。

こがらしの強く吹いている日だった。荻窪駅に降りた頃には、もうあたりが薄暗く、私は往来のひとをつかまえては、あのひとのところ番地を告げて、その方角を教えてもらって、一時間ちかく暗い郊外の路地をうろついて、あまり心細くて、涙が出て、そのうちに砂利道の石につまずいて下駄の鼻緒がぷつんと切れて、どうしようかと立ちすくんで、ふと右手の二軒長屋のうちの一軒の家の表札が、夜目にも白くぼんやり浮んで